2020.05.15
  • インタビュー
和久田朱里|Star☆Tの良さをもっと伝えたいなっていう想いは常にあります
Speak emoでは、「情報ではなく、感情を伝えるメディア」という理念を掲げ、長編インタビューを敢行してきた。単に「〇〇はこういうグループです」「〇〇はこういう作品です」といった“情報”を取り出して掲載するのではなく、言葉を交わすことで生まれる空気感を文字によって再現し、そこに話者の“感情”が滲み出るようなインタビューになれば、と奮闘してきた。   そういう意味では、複数メンバーとの対話によってそのグループの“色彩感”を炙り出しつつ、各メンバーのキャラクターを浮き彫りにしながらそれらのコントラストを描き出すのも一つの大きなテーマだが、一方、一対一の対話によってその人物のパーソナリティを深掘りし、言葉を尽くしながら多角的に表現していくことも、Speak emoの醍醐味の一つとなろう。ゆえに、ソロ・アーティストもしばしば取材してきたわけだが、“ソロ”はある意味“一人で看板を背負っているグループ”といった捉え方もできる。例えば、“加納エミリ”なら、“加納エミリ”という看板を背負うメンバーが全員(すなわち加納エミリひとり)で“加納エミリ”を表現するわけだ。   であるならば、グループのメンバーを個別に取材することは、また別の意味を帯びてくるだろう。“個”から向けられたグループへの視点。グループを離れた個人のよりパーソナルな心情。あるいは、音楽活動から離れた日常を垣間見ることもできるかもしれない。そういう意味でも、いわゆる“個別インタビュー”はかねがねやってみたいと考えていた。   そんな中、図らずも見舞われてしまったコロナ禍。取材は制限され、全てリモートで行われることとなった。いわゆる“TV会議”方式にすれば複数人との対話も可能だが、あまりクロストーク向きではなく、“空気感”を作るのはまだまだ難しい。   そういう意味でも、この逆境をむしろ好機と捉え、今こそ個別インタビューを始めたいと考えた。問題はどのグループからスタートするか、だが……。そりゃ当然Star☆T(スタート)からやん!   というわけで、Star☆T個別インタビューをスタート! いくつかはペアを組んでいただくことになるかもしれないが、いずれにせよ正規メンバー14名全員にたっぷりとお話を伺っていく予定だ。豊田を拠点にするこの大所帯グループゆえに、距離的にも人数的にも、この“リモート時代”だからこそ可能となったこの企画。そして何より、中部地方で確固たる地位を築くこの名門グループの優れたパフォーマンスと素晴らしい楽曲を、さらに多くの人に知っていただきたいと思って…。   その第一弾は、もちろんStar☆Tの“総リーダー”和久田朱里。筆者がStar☆Tに出会った頃には、既に「頼れるリーダー」であり「グループを背負う主要メンバー」であったが、そこに至るまでには少なからず苦労もあったようで…。そんな彼女に、幼少期のことからStar☆T加入時のこと、ソロ曲のことから私生活に至るまで、たっぷりと語っていただいた。               スイミング、習字、ピアノ、ダンス、英語、ミュージカル、あとガールスカウトにも入っていました   ーーStar☆Tメンバー個別インタビュー、スタート!ということで、第1回はもちろんリーダーの和久田さん。個人にスポットを当てていろいろとお訊きしたいと思います。     和久田朱里(以下:和久田):はい。喋れるかなぁ…?   ーーStar☆Tは皆さん豊田市在住ということで、ご出身も豊田という方が多いですが、和久田さんもそうですよね?   和久田:はい。   ーーずっと豊田市にいらっしゃるんですか?   和久田:もう、ずっとこの実家です。   ーーいわゆる“箱入り娘”ということですね???   和久田:「はい」って、そうなるんですかね???   ーーでは、1人暮らしはしたことがなく?   和久田:ないです。1人暮らし願望もないんです。   ーー実家、心地好いですか?   和久田:はい。居心地いいです。私、血液型O型なんですけど、家族全員B型なんですよ。なので、みんなマイペースで「したいことをしたい時にする」っていう感じなので。家に誰もいない時もありますし。父は山登りに行って、母は遊びに行って、弟は1人暮らしで、みたいな。   ーー独立独歩でやられている感じなんですね。   和久田:そうです。   ーー家族でお出掛け、といったこともあるんですか?   和久田:それも全然あります。みんなでディズニーランド行ったりとか。   ーーもちろん千葉まで行くってことですよね?   和久田:そうです。あと、父が旅行好きなので、まぁ今は登山が趣味ですが、私が小さい頃は毎年夏にキャンプしたり、海に連れて行ってもらったりしていました。   ーーアクティブですね。   和久田:そうですね。   ーー幼い頃の記憶で、憶えてらっしゃる一番古いものってなんですか?   和久田:幼い頃の記憶…。幼稚園の時から“リトルおいでん”に出てましたね。豊田に“おいでんまつり”っていうのがあるんですが、その中に“リトルおいでん”というがあるんです。   ーーお子さんが出るようなやつですか?   和久田:そうです。おいでんまつりの前の早い時間に、幼稚園とか保育園とかの子供たちが出るのがあって、それに出てたりしてました。まぁでも、それは写真で見て憶えてるだけですけど。そうですねぇ…。小学校の低学年は静かでした。   ーー大人しかったんですね。   和久田:学芸会も“ナレーション2”みたいな役で、ひと言しかないみたいな。   ーーお芝居をやっても、本人は舞台に出ずにナレーション担当だったと。しかもひと言。   和久田:そうです。もう「スイミー」(編注:レオ・レオニ作の小さい魚を主人公とした絵本の名作)のちっちゃい一匹とかそういうのでした。でも、習い事はすごいさせてもらっていて…。   ーー何をやられてたんですか?   和久田:スイミング、習字、ピアノ、ダンス、英語、ミュージカル、あとガールスカウトも入っていました。   ーーえぇ!? 同時期にそれだけやってたわけじゃないですよね?   和久田:でも、小学5年生とかは学校に行って、夜は何かしらをやってました、今日は習字、今日はダンス、今日はスイミングみたいな。   ーーほぼ毎日って感じで?   和久田:今になって思うんですけど、結構“続けること”が好きで得意なのかなって。短期間で辞めた習い事ってあまりなくて。あ、あと茶道もやってました。   ーー例えば今、茶道やれますか?   和久田:最近リポーターのお仕事で紹介したことがあったんですけど、見ていて「あ、懐かしいな」って思って。多分ちょっと思い出せばできるんじゃないかな、って思います。   ーー今モノになっているのって何かありますか?   和久田:一番性格に影響しているのは、ガールスカウトなのかなと思います。   ーーリーダー的な役割を学んだとか?   和久田:そうです。ミュージカルも、なのかな? 小学校の高学年から急に目立ちたがり屋になったんですよ。   ーーそういうパターンありますよね? 僕もちょっとそんな感じだったんですけど。大人しかった子が突然活発になる、みたいな。   和久田:6年生の時は学芸会で主人公やってました。   ーーなるほど。   和久田:5年生の時は音楽発表会みたいなやつで指揮者をやっていました。   ーー指揮者を。   和久田:はい。一番目立つだろうと思って。   ーー“目立ちたがり屋”になったのには何かきっかけがあったんですか?   和久田:いや、それが分んないんですよ。なんでだろう? でも、ホントその頃から生徒会もやってました。あ、違う、それは中学校か。   ーーじゃあ、小学校高学年ではクラスの中でもリーダー的な存在になっていたと?   和久田:はい、そんな感じでした。   ーーモテたでしょう?   和久田:モテたんですかねぇ???   ーー小学校の頃ってリーダー的な目立つ子ってモテますよね。   和久田:えーっ、小中学校憶えてないなぁ。好きな子がいたのは憶えています。   ーーまぁ、それはいますよね。なんか進展はあったんですか?   和久田:でも、卒業式に一緒に写真撮ったぐらいです。   ーーまだ淡い恋って感じだったんですね。   和久田:はい。でも中学校では遊んでたと思います。   ーー遊んでたというのは???   和久田:「遊んでた」は表現悪いですかね。まぁ、でも遊んでました。   ーーStar☆Tに入るまではずっと普通の高校生でしたか? 他のアイドルグループにいたとかそういうことはなく?   和久田:ないです。先ほど言ったように、小学校の低学年からダンスは習っていましたけど…。中学で部活が忙しくなったので辞めたんですけどね。   ーー部活ってなんだったんですか?   和久田:テニス部でした。軟式テニス部で。それが忙しくなっちゃったんで習い事を全部辞めたんです。茶道だけは続けてたかな? でもほとんど辞めちゃって、高校に入った時には、卒業後は大学には行かずにすぐ働きたいと思っていたので、商業高校に行ってすぐにバイトを始めたんです。マクドナルドとか。   ーーバイトとかは大丈夫だったんですか?   和久田:まぁ、大丈夫というか…それがバレて停学になったんですけど(笑)。私の学生生活、なかなか破天荒だったと思います。   ーー今やしっかり者のリーダーで、メンバーの規範となるような存在ですけど、高校の時とかは“ワル”だったわけですか???   和久田:“ワル”というか…(笑)。多分どっちもなんです。真面目でもいたいし遊んでもいたいみたいな両面があって。だから高校も生徒会長でした。   ーー生徒会長をやりながらも遊んでた、と。   和久田:はい、生徒会長とかだったんですけど。でも、高校が隣の市だったので「まあバレないか」と思ってバイトもやってました(笑)。    
2020.05.01
  • インタビュー
われらがプワプワプーワプワ|われプワの一番の武器は楽曲だと思っています
なかなか難しい取材、いや調査だった。   自らを「宇宙人」いや「プ宙人」だと嘯き、「上の人」いや「プワ神様」からあれこれと指令を受け、「Puwa the city」なるパラレルワールドへ誘ったり、怪しげなサプリを作ったり、強国アメリカを押さえようと国旗を纏ったり…。   まあこの辺りは、なかなか手の込んだものではあるが、よくある"設定"ともいえる。それに"ノル"か"ノラない"かさえ決めておけば、さほど難しい対処が求められるものではない。   だが、今回の取材では、そんな"設定"の合間にリアリティや素のパーソナリティーがちょこちょこと垣間見えたような気がして、"ノル"か"ノラない"かの舵をどちらに切ればいいのか迷う場面が多々あった。   例えば、「星空こまる」という一風変わった名前が本名なのか問うてみると、「本名です」との答え。いかにも芸名っぽいゆえに「宇宙人(いやプ宙人)という“設定“の中での“本名”」ということなのだろう。いや、でも今時の若い子なら、珍しいとはいえこうした名前も十分ありうる気がする。だけど「宇宙=星空」なんてあまりに出来過ぎのような…。あぁ、“ノル”べきなのか、“ノラない”のか、こまる…。あれ、なんかプワプワしてきたぞ…。   筆者がわれプワにハマったのは「ベランダから始めるセカイセイフク」から。いわゆる“ド新規”である。だが、この曲をきっかけにみるみるうちに心が“征服”されていったのだ。   洗練されたグルーヴと、爽やかさと仄かな切なさをたたえた和音の流れが心地好いこのキラーチューンには、これまたイマジネーションとインスピレーションに溢れた歌詞が乗っている。「ベランダ」を舞台に始まろうとする「君」と「僕」とのラブストーリーは、『ロミオとジュリエット』を連想させるようなベランダ越しの逢瀬に興じる古風な恋愛にも、ベランダから見上げる夜空に「君」の姿を思い浮かべる空想物語にも解釈できそうな…。あるいは、宇宙から飛来する「君」にアブダクトされるのを望む「僕」といったSFなのかもしれない。それほど「君」のことを想っている「僕」は、既に宇宙人いやプ宙人に心を“征服”されているのかもしれない……といった具合に“ノル”べきなのか、“ノラない”のか。いや、これは既に“ノッて”しまっているのだ…。   2月にリリースされた初アルバム『セカイセイフク2』には、ドライヴ感溢れるファンク・ビートと4ビートやスローなレゲエが交錯する「イッツアトゥモローワールド」、疾走するディスコファンクから4ビートジャズへの落差が心地好い「教えて♡まいすうぃーと係長♡~アイドル3年戦士地獄の出世物語~」、ドリーミーなムードを纏いながらツボを押さえたメロディを展開しつつ、複雑にリズムを変貌させていくアイドル・ポップ「こずみかるらゔらゔぽっぷ」といった一癖も二癖もあるナンバーがひしめいている。   またそれ以前にも、クリスピーなエレポップからいきなりボサノヴァ~ラップへといつの間にか変化している「初恋ウインク」や、角松敏生ばりの80年代アーバングルーヴな「あなたに出会えた」といった秀逸な楽曲をリリースしている。なんだろう、この混沌とした快感は…。これがプワプワ???   というわけでSpeak emoは、この「プ宙人」たちの徹底調査を試みた。調査対象は、柴田あいこ、川崎ひかる、斎藤真尋、星空こまる、丸島ゆいの、相沢菜々美の6人。   果たして、その正体は…。           「らゔで征服する」ってことですね(星空)   ――「われらがプワプワプーワプワ」略して「われプワ」。とても“クセの強い”グループだなという感じがするんですが、一体どんなグループなんですか?   柴田あいこ(以下:柴田):「プ宙」という星から、世界征服を目的に地球へやってきた「プ宙人」です。   ――はい。「プ宙」なんですね。「府中」じゃないんですよね?   柴田:「プ」です。   ――お一人ずつ訊いてみましょうか。   相沢菜々美(以下:相沢):正統派っていうよりは個性派で、アイドル界では唯一無二なんじゃないかなって思います。   川崎ひかる(以下:川崎):やっぱりみんな個性が強くて、楽曲も良くて、衣装も周りのグループはちょっとレベルが違うぐらいユニークで、個性たっぷりのグループだと思います。   斎藤真尋(以下:斎藤):われプワはコンセプトがコロコロ変わるんですが、民族になったこともありますし、今はみんなアメリカの国旗を掲げたりしてます。   ――そうですよね。アメリカ国旗をあしらった衣装ですよね。   斎藤:それが個性的で面白いかなって思います。   丸島ゆいの(以下:丸島):われプワは、名前もユニークだし、メンバーも個性的だし、「われらがプワプワプーワプワ」っていう名前を一度見ると大抵記憶に残ると思います。すごく個性的で楽しいグループですね。   星空こまる(以下:星空):われプワはみんな楽しくて、「らゔ」を届けるグループだと思います。   ――「らゔを届ける」わけですよね。「征服をする」と言いながら、やっぱり「らゔを届ける」わけですね?   星空:はい。そうです。   柴田:なんか矛盾してない? 気付かなかった。待って、矛盾してる。   一同:アハハハ。   星空:「らゔで征服する」ってことですね。   ――ね。柴田さんがおっしゃったように、矛盾する部分っていうのはありますよね。ただ、そこにすごく深いテーマがありそうな気もしますし、そこが面白いところじゃないかと思ったりします。で、ここはちょっと難しいところなんですけど、皆さんが「宇宙人」いや「プ宙人」であるという「てい」でお話した方がいいですかね?   一同:そうですね。   ――そうすると後々ちょっと設定を維持するのが難しくなって、結構苦しくなってくるパターンのような気もしますけど…。   一同:アハハ。   ――「プ宙人」ということでいいんですよね?   一同:はい。大丈夫です。   ――で、皆さん出身はどこなんですか?   丸島:プ宙です。   柴田:D78星雲です。   ――D78ですか?   柴田:はい。D78星雲。あ、これ言っちゃ駄目なのかな?   マネージャー氏:あ、大丈夫です。   ――ここは「P」じゃないんですね?   柴田:はい(笑)。   ――細かい設定があるんですね。なるほど。そもそも僕はまだ「われプワ」初心者なので、ファンの皆さんには当然のことなのかもしれないですが、ちょっと基本的なことからお訊きします。「われらがプワプワプーワプワ」の「プワ」ってどんな感じなんですか? 「フワ」とか「プニ」とかだと分かるんですけど、「プワ」って何なんですか?   柴田:グループができた当初は、今とコンセプトが全く違ってたんですよ。最初は宇宙でも何でもなくて(笑)。当時のキャッチコピーが「ふくらんで、はじけて、やわらかくて、かわいい!みんなを笑顔に元気にプワプワにするアイドル!!」だったんです。   ――ちょっと調べましたけど、そういうのがありましたね。   柴田:それがいつしか「プワ神様」というものが降臨して、今のわれプワになりました。   ――えーっと、ちょっと待ってくださいね。プワ神様?   柴田:はい。   ――宇宙人じゃなくて神様なんですね?   川崎:「上の人」がプワ神様なんです。   ――やっぱり宇宙にも神様はいらっしゃる?   柴田:そういうことです。   ――で、「プワプワにする」って、具体的にはどうすることなんですか?   川崎:楽しくさせちゃうみたいな。   相沢:日常を私たちで染めるみたいな。   ――あぁ、「染める」ということなんですね。   相沢:もう「われプワ」じゃないと幸せになれないみたいな感じで。幸せにすることを「プワプワ」って表現する。そういうのかなって私は思ってます。   ――地球人の感覚で言うと「幸せな感じ」っていうのが、皆さんの言う「プワプワ」だと。   丸島:ファンの方も「プワプワしたい」って言ってくださるんですよ。それこそ最近ライブがなくて、ツイッターとかを見ていると、「早くプワプワしたい」って皆さん言ってくれてるので、もうかなり染まってるんじゃないかなって。   ――あぁ、ファンの方も「プワプワ」っていう感覚を分かってるわけですね。   丸島:はい。   ――それは、例えば他のアイドルさんのライブを観ても幸せになる方っているじゃないですか。あるいは、何かを食べて幸せになったり、どこかで遊んで楽しくなったり。それと、皆さんを見て幸せになる「プワプワ」っていう感覚とは違うものなんですか?   相沢:そうですね。日本語では「幸せ」で、プ宙語だと「プワプワ」ってことです。   ――なるほど。でもそれでいくと、他のアイドルさんを観たファンの方が幸せになっても、その状態を皆さんの言葉で言うと「プワプワ」になるわけですよね?   丸島:あぁ~。われプワを観て幸せになることが「プワプワしてる」ってことなんじゃないですかね。   ――はい。「幸せ」と言ってもいろんな種類があると思います。「われプワを観ないとなれない幸せ」が「プワプワ」っていう“設定”にしましょうよ。   丸島:あぁ、そうです!   ――それでいきましょう。   一同:はい!(笑)    
2020.04.30
  • インタビュー
西園寺未彩(かんたんふ):早めに活動休止して、苦しむ人を増やさない方がいいなって思いました
今年1月31日、セルフプロデュースで活動するアイドルグループ「かんたんふ」は、新型コロナウイルスの世界的感染拡大に対するWHOの緊急事態宣言を受けて、「すべてのイベント出演をキャンセル」する旨をツイッターで表明した。   WHO(世界保健機関)が緊急事態宣言を発令したのは1月30日のこと。そして、かんたんふからの上記のツイートは1月31日8時36分に投稿されており、時差などを勘案すると、その対応はWHOの宣言から間髪を容れずに成されたと言えるだろう。   ちなみに、中国の武漢が都市閉鎖されたのは1月23日のこと。この頃は「中国が大変なことになっている」と不安を覚えたものの、まだ“対岸の火事”と認識していた人がほとんどであっただろう。厚労省が発表した1月31日時点での日本国内感染者数は11人であり、死者は0人。渡航者による感染がわずかに見られたものの、巷のムードはまだ“自粛”には程遠いものだった。   2月3日ダイヤモンド・プリンセス号が横浜に停泊したことで“対岸”ではなくなり、2月16日に大阪のライブハウスで感染が発覚されてからは音楽/エンターテインメント業界にも自粛の気運が徐々に生じてきたが、まだまだ多くのライブが“決行”されていた。その後、学校への休校要請や様々な業界への自粛要請が出されていったが、日本政府による7都府県への緊急事態宣言が発令されたのは、ようやく4月7日のこと。そういう意味では、かんたんふは、日本政府に2ヶ月以上先んじて自らとそのファン、そして音楽業界へと向けて“緊急事態宣言”を出していたのだ。   かんたんふがいち早く出した“宣言”は、当時は好奇の目で見られていたことだろう。高齢者と同居する筆者も人一倍感染対策を心掛けていたつもりだが、それでもこの時期は(もちろんマスクや消毒液などで防備しつつだが)ライブ現場を訪れ、取材なども通常通りに行なっていた。ゆえに彼女たちの対応は「少し過剰ではないか」と感じていたのが正直なところだ。   だが、かんたんふの下した判断が今大いに評価されている。彼女たちの対応がいかに有効なものであったか、彼女たちにいかに先見の明があったか。現在の感染状況を見れば、それは明白であろう。   ちなみに、こうした運営的な判断を下していたのは、グループの中心人物である西園寺未彩だ。メンバーの出入りが少なくなかったこのグループにおいて、やはりStereo TokyoやReLIeFといったグループで経験を積んだ西園寺未彩が主導的立場に就いたのは、自然な流れであろう。“精度の高い予測”も“適切な判断”も彼女に負うところが大きい。   そんな彼女が、かんたんふの体制を整え、音楽性も軌道修正しながら、再始動の準備に入っているという。新生“かんたんふ”としていよいよ動き出そうというのだ。   誰よりも意識の高い彼女が、感染対策に万全を期しながらも、こうして新たな活動を始める。現在の自粛ムードの中、音楽業界に限らずエンタメ界隈全般において、様々な工夫を凝らしながら活動に取り組み、人々に元気や癒しや希望を届けようとしている表現者たちは少なくない。そんな中、感染防止の重要性を自らの活動を犠牲にすることで訴え続けてきた西園寺未彩が、感染対策の手を緩めることなく、こうして“現場”に戻るという判断を下したことは、そろそろ自粛疲れの影響が出てきそうな我々にとって、ひときわ輝く“希望の光”となることだろう。   ひとつ付け加えるならば、彼女のコロナ禍への対応に鑑みずとも、ほんの少しだけ試聴させていただいた新曲そのものが、大きな期待を抱かせてくれる意欲作だったことは言明しておきたい。   かんたんふの西園寺未彩にお話を伺った。“新生かんたんふ”に関する最も早いインタビュー。もちろん“STAY HOME”を遵守し、オンラインにて行なった。             出たらすぐに“宣言”できるように文面を考えておいたんです     ――かんたんふは、というより西園寺さんは、新型コロナウイルス感染対策に誰よりも早くから取り組まれていましたよね。     西園寺未彩(以下:西園寺):いえ、世界的に見るとそんなに早くないです。   ――それこそ1月31日の時点で「WHOの緊急事態宣言を受けて、すべてのイベント出演をキャンセルさせていただきました」というメッセージをツイッターで出されています。それ以降はライブもイベントも一切やってないですよね。それからは公の場には出ておられません。ライブも結局1月25日六本木VARIT.での主催ライブが最後でした。   西園寺:はい。   ――いや、でも早くなかったですか? あの時点でそういう対応したグループって周りにいなかったと思います。   西園寺:最初はちょっと笑われてましたね。   ――過剰反応じゃないか、と?   西園寺:はい。でも、どのグループも濃厚接触に含まれるライブ活動はやめなきゃいけなくなる日が来るのは分かっていたので、「いいんじゃない、勝手に言ってれば」って感じでした。   ――それが今すごく評価されていますよね。   西園寺:どうなんだろう。そもそも「かんたんふ」自体知名度がないので…。多分知名度があれば「すごいすごい」ってなってたかもしれないですけど…。   ――でも、アイドル界はもちろんエンタメ業界全体を見渡しても相当早かったんじゃないですか?   西園寺:メンバーに中国出身の子がいるんですよ。   ――朱亞(しゅあ)さんですよね。   西園寺:(編注:活動休止前最後の出演となった)1月25日のライブ裏でも朱亞ちゃんは「母国がこんなに大変なことになってるのに私は何もできない」って泣いてて…。そういうのを見たり聞いたりしているのもあって「本当に大変なことになるんだ」って感じてました。その時点では日本はまだそこまで深刻な状況ではなかったんですけど、そうなっちゃう可能性もあると。1月半ばにまずその情報を初めて知ったんです。新しい肺炎が流行ってる、と。その時は「そうなんだ、こわっ」ぐらいしか思ってなかったんですけど、ウイルスのことをちゃんと調べて理解できたのが、1月の末で。   ――ご自分で調べられたわけですね。   西園寺:そうです。「どんなウイルスか」とか「これから先どうなるのか」といったことを考えておかなきゃいけないじゃないですか、私たちは。人前に立つわけですし、いろんな人と会いますし、ライブ活動がメインで濃厚接触のある空間にいるわけですし。どれぐらい怖い病気なのかっていうのを分かっておかなきゃいけないので、いろいろと調べてみると、世界中で感染者が出ることは確実だと思って。日本もそうなるから「今後は防護服とかでライブするのかな、いや、それはちょっと無理かな」とか考えて、「じゃあ、活動を一旦やめましょう」ってことになりました。   ――その時点では、巷では「怖いな」「中国は大変だな」といった空気はありましたが、まだ“対岸の火事”といった感じでした。アイドルの皆さんも通常通りライブをやられていましたし…。切実な問題として捉えていた人は、少なくとも音楽・エンタメ業界ではほとんどいなかったんじゃないかと思います。 でも、その時点で「ライブ活動休止宣言」を出されたというのは、やはり中国出身の朱亞さんが身近にいらっしゃって、身近な問題と捉えていたからですか?   西園寺:もちろんそれもありますが、でも、そういう存在がいなくても絶対やってました。   ――いなくてもやってました?   西園寺:はい。   ――というのは、ご自身で調べて、ご自身で恐怖を実感していたから?   西園寺:そうです。このCOVID-19自体をちゃんと理解したら、自分や身近な人が発症する恐ろしさとか、どこまで広がる可能性があるのかとか、誰もが他人事では済まされないってわかると思うんですよ。普通にファンの人と直接会う「ライブ活動はできなくなる」って分かりましたし、いずれみんな対面式のイベント活動が止まるのは分かっていたので、だったら早めに活動休止して、苦しむ人を増やさない方がいいなって思いました。   ――そうやって詳しく調べられたのは、そもそもそういう性格なんですか? それとも運営としての責任を感じてとか?   西園寺:未彩は目に見えない嫌なものが一番怖いんですよ。“人の悪意”とかそういう目に見えないものが。ウイルスも目に見えない嫌なものじゃないですか。なので、すごく怖くて…。分からないものを理解しないと怖すぎて何もできなくなっちゃうので、調べて理解しました。理解する前はちょっとパニックだったけど、理解してからは「こういう対策をしていればある程度は大丈夫」って思えるから、安心するために自分で調べました。   ――その時点では、周りにそれだけ意識の高い方ってそんなにいらっしゃらなかったんじゃないですか?   西園寺:その時は普通に馬鹿にされてました。お友だちとかには連絡して「こうこうこういうことに今後なっていくからホントに危ないよ」とか「人と接触する場所には行かないほうがいいよ」って言ってたんですけど、仲良しでもちょっとオーバーだと思ってる人はいたと思います。   ――で、1月半ばから調べ始めて、1月末には「活動休止宣言」。早いですね。   西園寺:1月末に「この先間違いなく大変になる」って完全に理解して、そのうちWHOが緊急事態宣言を出すというのは分かってたので、出たらすぐに“宣言”できるように文面を考えておいたんです。なので、WHOから出たタイミングですぐに“活動休止宣言”を出した、そんな感じです。   ――かなり用意周到だったわけですね。   西園寺:はい。未彩は、1月25日のライブの時も「ここでも感染とか有り得る」と思ってすごく怖かったんですよ。多分あのときあの場で本気で危機感を持っていたのはかんたんふのスタッフさんと未彩と朱亞ちゃんくらいだったんじゃないかと思います。   ――その日のライブは映像で拝見しました。   西園寺:ホントに怖くて。「サングラスとマスクして出る?」という話をしたんですけど、マスクをしちゃうと顔が分からないし、声も出ないし、それはちょっと駄目だなってことでマスクはやめて、まあ、曲のイメージにも合ってるから「サングラスならいいかな」ってことになったんです。かんたんふのスタッフさんが入り口で、お客さん一人一人にマスク配布と手に消毒液シュッシュして、あの時点で出来た感染予防は万全で開催しました。そういった対策に「ありがとう」「助かる」と言ってくれる人も少数居ましたが、その内手に入りづらくなるとわかっている中で配布した貴重なマスクを、顎マスクにしてたりつけてくれない人も居て悲しかったです。命は過保護すぎるくらい大事にして欲しいなと思いました。   ――なるほど。でも、やはりその時点でそこまで意識の高かった人っていうのはほとんどいなかったでしょうね。僕も高齢の母と同居しているので、ものすごく気を遣っていて、今年に入ってから電車には一度も乗っていないですし、人混みも避けていましたが、でも、仕事関係で3月末のライブは観に行ってました。3月上旬ぐらいまでは対面でマスクも外して取材もしていましたし。そういう意味でも、西園寺さんは現状把握と状況予測の能力がすごいですね。   西園寺:でも、これからのほうが大変だと思います。感染者が増えるとか、亡くなる方が増えるとかもそうなんですが、コロナ終息後の経済の落ち込みをどう立て直していくかが課題になると思います。   ――すごく考えられてますね。これまでの運営としての取り組み方や書かれた文章などを見たりして、「この人はちょっと違うな」って思っていたんですが、やはり鋭い感性をお持ちですね。芸術的な観点からだけでなくて。こういう方がたくさんいれば、感染拡大なんてしないですね。   西園寺:そうだといいんですけど、それだけじゃ通らないことがたくさんあるのも分かってます。人が止まると物も止まっちゃうので、そうなれば潰れる会社も相当あるだろうなって。すごく不景気になると思います。もうなってると思いますが。      
2020.04.21
  • インタビュー
Nao☆|「SCOOBIEさんに負けられない」と思いながらレコーディングしました
  Nao☆の新曲がとてもいい。   今や全国区の知名度を誇る新潟発のアイドル・ユニット、Negiccoのリーダーとして永きに亘り活動してきたNao☆。2019年4月10日に入籍し、“現役アイドルの結婚”として大いに注目され、それが快く歓迎されたことでも話題となったが、昨年そんな“新たな生活”をスタートさせたNao☆が、2020年4月さらなる“新たなスタート”を切った。   2018年に結成15周年を迎えたNegicco。2019年はKaedeがソロ活動を本格化させ、Meguは自身で立ち上げたブランド“CURRY RICE RECORDS”の企画で30人のクリエイターにデザインを依頼し、30種類のTシャツ展を企画したり、今年3月にはさらなるオリジナルブランド“Life to meet you!”を立ち上げるなど、個人活動が活発となってきたが、残るNao☆は比較的「マイペースで」一年を過ごしていたようで…。だが、いよいよNao☆も精力的に動き出した。しかも心躍るグルーヴをたたえた極上のソロ・シングルを引っ提げて。   表題曲「ベスト☆フレンド」は、SCOOBIE DOのギタリスト、マツキタイジロウが作詞作曲を、SCOOBIE DOの面々が編曲及びサウンド・プロデュースを手掛けたSCOOBIEらしいファンキー・チューン。一方カップリングの「rainy~next season~」は、Nao☆自身が作詞を、Keishi Tanakaが作曲及びサウンドプロデュースを手掛けた、しなやかにスウィングするビートが印象的なナンバー。いずれも、これまでのNegiccoにはないタイプのダンスミュージックであり、Nao☆自身としても新たな挑戦となる“新機軸”と言えるものである。   不思議なのは、Nao☆が新たな領域へと足を踏み入れたことを明確に示す2曲でありながら、Nao☆が歌うと紛れもない“Nao☆の歌”になっていることだ。さらに言えば、様々なスタイルの楽曲を歌ってきたNegiccoの引き出しにも無い曲調でありながら、やはりNao☆が歌うとNegiccoをも感じさせるのだ。こうした歓迎すべき“矛盾”が生じている要因の一つには、やはり彼女の特徴的な歌声が挙げられるだろう。   Nao☆の歌声は、伸びやかな響きをたたえつつも、決してズケズケと心に踏み入ってくるようなものではなく、少し距離感を保ちながら響いてくるような印象がある。むしろ、そうした距離感が聴き手のイマジネーションを膨らませる余地になっているのではないだろうか。例えば、面と向かって歌い掛けてくるというより、隣に並んで歌っていて、聴き手は声がスーッと発せられるのを隣りで感じているといったような…。だが、メロディが跳躍する時などにフーッと近づいてきたりすることで聴き手の心を揺さぶるのだ。   そんな彼女の歌声が、SCOOBIE DOが巻き起こすいなたくて生々しいグルーヴや、Keishi Tanakaの紡ぎ出す小粋なスウィングビートと対峙しているのが、このシングルの妙味であろう。見事な調和を見せながらも、決して“相手の色”に染まるのではなく、がっぷり四つに組み、むしろ相手を染め返そうとさえしているかのような…。そんな心地好い“せめぎ合い”が感じられるのだ。   Nao☆に新曲についてたっぷりとお話しを伺った。           自分はやはり歌が一番好きなので「ソロで歌うことができたら」という気持ちは強かったです   ――昨年ご結婚を発表した際、「31歳でまた新しい1つのスタートを切りたいと思いました」とコメントされていました。まぁ、人生の大きな節目ですから、もちろん“新しいスタート”ですが、その1年後となる4月7日にソロ・シングル「ベスト☆フレンド」をリリースされました。これもまた“新しいスタート”という感じでしょうか?   Nao☆:はい。これも新しいスタートですね。カップリング曲が「rainy~next season~」で、生誕記念イベントのタイトルも「32nd Anniversary Live~Second Season~」(編注:新型コロナウイルスの影響で4月4日から6月24日へと延期となった)だったんですが、そういう気持ちでタイトルを付けさせていただきました。   ――2年前にリリースされた「菜の花」は、“生誕企画もの”という要素が強かったですよね?   Nao☆:「Nao☆」という自分の名前から取った「菜の花」というタイトルが先に決まっていて、「菜の花」というタイトルに合せた、春を感じるような楽曲を北川勝利さんに作っていただいて…。なので、“30歳の記念”ということで作らせていただきました。   ――では、それに比べると今回のシングルリリースは“本格的なソロ活動”と捉えていいのでしょうか?   Nao☆:昨年は結婚して、“新しい人生”を1年間マイペースでやらせていただいたんですが、そんな中、今年2020年から自分もソロとしても活動できたらいいなと思っていたんです。「どういう楽曲で」「どういう方向性で」とかを考えて楽曲をお願いしたりとか…。   ――昨年1年間は「マイペース」で活動されたとおっしゃいましたが、でもNegiccoとしても、個人としても、いろいろ活動はされていた印象でした。「マイペース」という感じでもないような…。   Nao☆:私からすれば結構マイペースでやらせてもらった感じでした。時間も沢山いただいて、自分のペースでやらせていただきましたね。   ――趣味とか自分磨きとか、そういったことに充てる時間が結構あったんですか?   Nao☆:そうですね。一昨年の15周年の時はNegicco1本でダーッとやってきたので、31歳はちょっと、西野カナさんが「自分の時間を取りたい」っていったみたいな感じで、自分もマイペースで活動させていただきました。   ――具体的に何をされていたんですか?   Nao☆:「のんびりしてた」しか思い浮かばないです。でも、絵を描いたりとか、自分の趣味の時間も結構作れたかなという感じでした。そのおかげで、昨年アートブック『nanohana*book』を出させていただいて…。好きなことを1冊の本にさせていただくことができましたね。   ――その「のんびりした時間」の中で、ソロ活動に関してもいろいろ考えていたということですか?   Nao☆:「来年できたらいいな」という風には思っていました。ただ、Kaedeのようなペースではできないと思っていたので、自分なりにソロができれば…。今Negiccoはそれぞれが個人でいろんな活動をしてるんですが、自分はやはり歌が一番好きなので「ソロで歌うことができたら」という気持ちは強かったです。   ――別の雑誌でKaedeさんにインタビューをさせていただいたんですが、その時に、Negiccoは毎年個人面談をやっていて、「Negiccoを続けていく意思はありますか?」みたいな“確認”があるとのことおっしゃっていました。で、そうした“面談”の時にKaedeさんは「ソロ活動を本格的にやりたい」といった話をされたようですが、Nao☆さんもそういう意思を表明してたりしてたんですか?   Nao☆:表明というか、一昨年の秋には「ソロとかどう?」といったお話もしてもらっていたんですが、「2019年はちょっとマイペースで、2020年から生誕でCDを出して、1人でもライブをやったり、個人で歌をもっと重点的にやっていきたい」といった話はしていましたね。   ――ということは、今回のリリースは「念願の」という感じですか?   Nao☆:そうですね。Kaedeのソロ活動とか見ていると、Kaedeもすごく成長してるのを一緒にいて感じましたし、一人でCDを出したり、自分の曲だけでワンマンライブをやったり、というのを見ていると、やっぱりちょっと羨ましい部分もあったり…。自分は自由な時間をいただいていたんですが…。でも、それを考える時間があったので、やりたいという気持ちが強くなったんだと思います。その間にいろんな人の作詞を研究したりして…。   ――今ちょっと時期が時期ですので、なかなか先が見えない部分もあると思いますが、でも、ソロでライブをやったり、さらにシングルを出したり、楽曲を作ったり、といったことも構想しつつの今回のシングル、という感じですか?   Nao☆:そういうこともやっていきたいなという気持ちは伝えています。はい。   ――以前から「ソロをやりたい」という気持ちはあったんですか?   Nao☆:それまではNegicco以外の活動は考えてなかったです。   ――そうなんですね。Nao☆さんがシングル出すということで、「やはり来たな」という印象を僕は受けたんですが、ご本人としては「ずっと前々から」という感じではなく、そういう気持ちが明確になったのは昨年ぐらいから、と。   Nao☆:そうですね。Kaedeがソロで歌うようになってから、Negiccoも個人でやりたいことをやったり、特技を伸ばしていったり……そういったことができるんだって分かりました。でも、みんな大人になっていくにつれて、今までとは違う厳しいこともあると思うので…。なので、そうやって大人になってもいろいろやらせてもらえるのはありがたいですね。   ――「厳しいこと」というのは何でしょう?   Nao☆:「厳しい」というか…。やはり「結婚してアイドルを続けられるのか」というが気持ちがまずあって、「結婚を発表したら活動がどうなるのか」っていうのも分からなかったですし…。なので、私が少し休憩してる間に、Kaedeがソロ活動したりとか、Meguがブランドを立ち上げたりとか、そういうことがあって、それもあり得るんだなというか。数年前までは、3人じゃなきゃ活動できなかったんですよ。取材もテレビ出演も3人じゃないとだめだったので、こうやって個人で活動していくというイメージができなかったというか。   ――でも、こんなに温かく迎えられた“現役アイドルの結婚”というのは前例がなかったんじゃないですか? ご結婚後も変わらず、すごく自然に活動をされている感じじゃないですか。それがすごく素敵だと思います。   Nao☆:本当にありがたいことに、お祝いのコメントとかいっぱいいただいて、ファンの方も今も応援してくれているので、ファンの方とNegiccoとの信頼関係というか、それがあってこそなんだなという感じがします。   ――僕の知る限りでは「Nao☆さん結婚したからもうファンやめる」っていう人はいないように思います。   Nao☆:そうですか?(笑) ありがとうございます。正直「いなくなっちゃう人もいるだろうな」と覚悟してたんですけど、でも皆さん「結婚しても応援してるよ」「ずっとファンでいるよ」って言ってくださったので本当にありがたいです。「Negiccoをずっと頑張ってきてよかったな」って思いました。    
2020.04.15
  • インタビュー
NaNoMoRaL|だから今年は走り抜けないと
なにやらただならぬ“勢い”である。 誰にも止められない暴走列車とでもいうべきか。いや、そんな粗暴な印象ではない。職人が手際よく次々と質の高い作品を作り上げているかのような、すごいことをさらりとやってのけているような印象だ。 昨年11月に2枚目となるミニアルバム『a zen bou zen』をリリースしたかと思えば、今年3月29日に早くも新たな7曲入りミニアルバム『macra no souji』をリリースするNaNoMoRaL。「結成2周年ワンマンライブで販売する」という“縛り”があったからこそこの短いスパンで完成まで漕ぎ着けることができたのだが、制作を開始したのが昨年12月から、というのだから驚きである。しかも収録の7曲は全て新曲。まさに、音や旋律や感情や感性がとめどなく溢れ、それを次々と作品にしていく“勢い”があるといったところ。その分、デモを受け取ってすぐさまレコーディングに臨んだ雨宮未來には大きな負担がかかったようだが、そうした経験はシンガーとしてのさらなる成長にも繋がっていることだろう。 そして、この“勢い”は何も「楽曲を録って出ししている」からだけではない。楽曲制作の合間に行なっているライブでの評判が日増しに上がっていることも、この勢いにさらに拍車をかけている印象だ。とりわけ“初見”のオーディエンスからの反応がすこぶる良く、音楽を愛する人々の間にその名をぐんぐんと浸透させているようなのだ。 梶原パセリちゃんが素晴らしい楽曲を日々量産し、雨宮未來が日増しにレベルアップする表現力によってそれらを最高の形で聴衆に届ける。この高性能な“両輪”が上手く噛み合って、あの“勢い”を生み出しているのだ。 雨宮未來曰く「毎回のライブが“最後の”ライブであるという気持ちで臨んでいる」とのこと。そうした“刹那感”もこの勢いをさらに増幅させており、そこにNaNoMoRaLの魅力の秘密があるのかもしれない。 そんな“両輪”により生み出された新作『macra no souji』には、NaNoMoRaLの今の“勢い”が凝縮されている印象だ。紛れもないNaNoMoRaLサウンドでありながら、明らかに前作とは違う意図のもとに制作され、その感触の違いが鮮明に描き出されている、梶原パセリちゃんの手による楽曲群。巧みなコントロールによって微細な陰影を施しながらも、あたかも呼吸をするかのように自然に無意識に、しかし時には何かに憑依されたかのように鬼気迫る表情を纏いながら、歌を紡ぎ出す雨宮未來。その詞は、時にシニカルな、時にハートフルなメッセージが抽象的かつ象徴的な言葉によってコーティングされたもので、それらが独特の音世界の中で興味深いストーリーを展開している。 スピードとクオリティの奇跡の両立。音源であれライブであれ、今一番体感しておかなければならないアーティストの一つであることは間違いないだろう。 雨宮未來、梶原パセリちゃんにお話を伺った。           「これ明日録るから」って新しいデモが早朝に送られてくるんです(未來)     ――早速ミニアルバム『marca no souji』についてお伺いしますが、前回のミニアルバム『a zen bou zen』が昨年11月20日のリリースですので、かなり早いペースですよね。   雨宮未來(以下:未來):早いですね。   梶原パセリちゃん(以下:パセリちゃん):今回はマジで早かったと思います。   ――それは何か戦略があってのことですか?   パセリちゃん:いえいえ、まとまった休みがあったっていうか…。   ――休みが?   パセリちゃん:正月とここ最近の…。   ――あぁ…。ということは“録って出し”というか、「曲ができたから出そう」となったわけですか?   パセリちゃん:というより、元々年末ぐらいにウチの社長に話してたんですよ。「3月に2周年のワンマンをやりたいから(編注:2020年4月15日現在では延期未定)そこに合わせてCDを出したい」って。   ――社長っていうのはフジサキケンタロウさん?(編注:NaNoMoRaLは昨年12月に、nuanceなどを擁する、フジサキケンタロウ主宰のミニマリングスタジオに所属することとなった)   パセリちゃん:そうです。ミニマリングスタジオの大社長に(笑)。とはいえ、11月にミニアルバムを出したばかりで、曲のストックも全部CDに入れちゃってるので、そうなると新曲を作るしかないじゃないですか。社長に「え?できんの?」って言われたんですが、その時にまだ1%もできてなかったんですよね。   ――それは11月の時点ですか?   パセリちゃん:11月の…。いや12月ぐらいかな。はい、12月中旬ぐらい。   ――えっ!12月の時点で全くできてなかった、と?   パセリちゃん:そうですね。あ、1曲取り掛かってたぐらいでしたね。   未來:えーっ、そうだったんだ。   パセリちゃん:でも「できます」と言いました。「正月もあるし今調子いいです」って嘘ついて(笑)。   ――嘘ついて(笑)。   未來:そんなこと言ってました。   パセリちゃん:「今めちゃくちゃ調子いいんですよ」って。   ――それは“嘘”だったんですね?   パセリちゃん:いや、まあ、調子がいい時なんてあんまりないんで。「できます」っていうのは絶対嘘ですね。間に合わなかったらしょうがないって思いながら、取りあえず作り始めたって感じです。   ――でもバッチリできたわけですよね。   パセリちゃん:なんとか。今回は未來さんに大負担をかけてしまった…。   ――そうですよねぇ。   未來:音源が上がってくるのがかなり急でした。   パセリちゃん:そう、めちゃくちゃギリギリ。   ――以前も少し不平を漏らしていましたもんね。   パセリちゃん:いや、今までとは比較にならないぐらいギリギリ。   未來:「これ今日録るから」って新しいデモが早朝に送られてくるんです。   ――パセリさんが夜通し作業され、早朝に出来上がってすぐ送られてくる、と。   未來:で、「今日か」って思って。取りあえず聴いて、自分の中で歌えるようにしてきたいタイプなので、もう、頑張ってずっと聴いて、頑張ってレコーディングしました。   ――早朝にデモが来て、“その日”ですか?   未來:その日の夜です。   パセリちゃん:それを7曲分。   ――7曲全部そんな感じだったんですか!?   未來:7曲全部そうです。   パセリちゃん:大体そんな感じです。   未來:「明日録るよ」っていうやつもあったりしましたけど、「今夜録ります」っていうのが結構ありました。でもそこで文句を言ってはいけないから…。「もう録るんだ」って感じでした。   ――で、できちゃったわけですよね?   未來:なんかできました(笑)。   ――今後もそういうことが起きるんじゃないんですか?(笑)   未來:「あ、いけるんだ」って言われて、「これはもうまずいぞ」と思って…これから先…。   パセリちゃん:そう。僕からしたら、本当にギリだったので「ダメもとできてたらいいな」って感じでお願いしたんですよ。まあ言っても多分できないかなと思ってて、教えながらやっていけばそれがレッスンにもなるので、その日に練習としてやって、その後にレコーディングできればいいかな、っていうような感覚でいたんですけど。なんかちゃんと歌えてたんで…。   ――すごいですね。   パセリちゃん:いや、めっちゃ助かりましたマジで。   未來:ホントですか?良かった!   パセリちゃん:おかげで納期に間に合ったっていうのはあります。「明日録るよ」とかって言ってたのは3月頭の話ですから。   ――3月頭ですか!   未來:今は1曲「さよならデスペ」っていうのだけ披露してるんですけど、それも披露するまでが結構タイトで、早かったですよね。   ――でもそういう経験ってシンガーとしてすごく大きいんじゃないですか? やはりライブで試したりとか、ライブで歌い込んだりするわけじゃないじゃないですか。   未來:じゃないですね。   ――やはり、いきなりレコーディングは難しいですか?   未來:そうですね。不安です。何もライブで披露してない分、この歌い方で合ってるのかな、って。   パセリちゃん:でもそれは、やりたかったことの一つなんですよ。僕らが子どもの頃って、好きなアーティストの“初聴き”ってCDだったじゃないですか。ライブに行くっていう文化もそんなになかったから、僕は“CDが先”のほうが普通じゃないかなって思ってる部分があるので、ホントはCDを出してからお披露目していくっていうのをしたいんですよ。まあ既に1曲はお披露目しちゃったんですけど…。   ――今のいわゆる“ライブアイドル”の文化っていうと、とにかくライブをどんどんやっていった後に「ようやく音源化します!」って感じでCDをリリースしますよね。   パセリちゃん:そうですね。まあ、レコーディングしたら、もうそのままライブで披露しちゃったほうが早いっていうのでやってるだけだと思うんですけど…。僕らは今や、どんなライブでもセトリが組めるぐらい曲数も増えましたので、じゃ今回はライブじゃなくてCDで披露っていうのをやってもいいんじゃないかなと思って…。なので、曲を作ってCDでどうぞ、っていうのを主流にしたいんですよね。   ――じゃあ今後もそういうパターンで?   パセリちゃん:いや、わかんないですけど(笑)。今はそんな気持ちです。   ――そういう意味では、ミニアルバムとしてリリースするのがいいですか?   パセリちゃん:スピード感という意味では、ミニアルバムのほうが作りやすいですね。   ――フルアルバムを出したいとは?   パセリちゃん:出したいですけど…。   ――例えば、今はフジサキ社長がいらっしゃるわけで…   パセリちゃん:はい、超大社長。   ――(笑)。それはネタなんですか?   パセリちゃん:いやいや、“大社長”にしたいという意味も込めて“大社長”。   ――イジってるわけじゃないですよね?   パセリちゃん:半分イジってますけど(笑)。   未來:うん、ちょっとイジってるかもしれない。   ――(笑)。で、例えば年間のスケジュールとか、どういうペースで出していこう、みたいなのはまずはお2人で考えられたりして、その後“大社長”から承認を得て、って感じですか?   パセリちゃん:そうです。「こういうのやりたいんですけど」って社長に報告する感じです。「これこれこうします」って言ったら、「じゃあこういうのは?」ってアドバイスをくれたりもするし、より良い方向に導いてくれるっていうか…。こちらのやりたいことを尊重してくれるんですが、それだけじゃなくて、もっといい道筋を提案してくれるっていうか、そういう関係で今やってますかね。   ――どうですか? 未來さんから見たフジサキ社長は?   未來:フジサキさんは、でもすごく良い大人です。   ――良い大人ですか。未來さんはあまり大人を信じないほうですよね?   未來:あんまり信じないんですけど、フジサキさんは“若いお父さん”みたいな感じです。東京の。いや横浜か。横浜の若いお父さん。   ――ハハハ。   未來:感じで(笑)。私には、パセリさんという信じれられて頼れる大人が近くにいるんですけど、パセリさんにとっての頼れる大人ってあまりいないなって思ってたんですよ。なので、フジサキさんという方と出会ってホントに良かったなって。私にとってもですけど、パセリさんにとって良かったなって思います。